2008年05月28日
2008年05月07日
3
運命は自由に作られる
これから運命についてかいてみるが、ここで知っておかねばならない事は、世人はよく宿命と運命とを同一にしている事である。しかしこれは全然違うのでそれをかいてみるが、宿命とは生まれながらに決ったものであるが、運命の方は人間次第でどうにでもなるもので、この点を知らなくてはならないのである。誰でもそうだが、いくらああしたい、こうなりたいと思っても、仲々思うようにゆかないのが、前記のごとく人各々の宿命という枠で決められているからで、それから抜け出る事は無論出来ないようになっている。従って人間は自分のもって生まれた宿命の限度をハッキリ知る事が肝腎であるが、実はこれが仲々難しいので、むしろ不可能といってもいいくらいである。
この限度が分らないため、自分の力以上の計画を立てたり、身の程知らずの望みを起したりするので失敗するのである。ところがその場合でも早い内に気が付き、一旦陣を引いて出直せば苦しみも軽くて済むが、宿命の限度が分っていないから、無理に押通そうとするので失敗を大きくするのである。また世の中を甘く見すぎたためであった事ももちろんである。そんな訳で盛返そうとしては失敗し、出直そうとしては腰を折られ、散々な目に遭ってやっと目が醒める人が大部分である。しかしまだ目が覚めればいいが、中には不幸のドン底に陥ったまま死ぬまで目の醒めない人も大いにあるが可哀相なものである。以上は信仰のない人の運命をかいたのであるが、そこへゆくと信仰者は別である。
それについては霊の方面から説かねばならないが、つまり一切の苦しみは浄化作用である。浄化作用といえば病気だけのように思うかも知れないが、決してそうではない。すべての悩み苦しみの因はことごとく浄化作用である。たとえば人に瞞され損をする、火事で焼ける、怪我や泥棒、家族の不幸、商売上の損や失敗、金の苦しみ、夫婦喧嘩、親子兄弟の仲違い、親戚知人との争いなど何も彼も浄化作用である。このように普通浄化作用といえば苦しみで曇りを除るより方法はないから、曇りがあるだけは免れる事は出来ないので、曇りを減らすのが開運の絶対的条件である。つまりある程度魂が浄まれば、浄化の必要がないから不幸が幸福に変る事になる。これが真理であるから、運は寝て待てではなく、運は浄めて待てというのが本当である。
ところが前記のように苦しまないで魂が浄まるその方法が信仰であるから、無信仰者に幸福は絶対ない訳である。しかし信仰にも色々あるから、立派な力のある信仰でなくては、真の幸福は得られない。そこへゆくと我メシヤ教こそ右の条件に叶う宗教である事を知らねばならない。
これから運命についてかいてみるが、ここで知っておかねばならない事は、世人はよく宿命と運命とを同一にしている事である。しかしこれは全然違うのでそれをかいてみるが、宿命とは生まれながらに決ったものであるが、運命の方は人間次第でどうにでもなるもので、この点を知らなくてはならないのである。誰でもそうだが、いくらああしたい、こうなりたいと思っても、仲々思うようにゆかないのが、前記のごとく人各々の宿命という枠で決められているからで、それから抜け出る事は無論出来ないようになっている。従って人間は自分のもって生まれた宿命の限度をハッキリ知る事が肝腎であるが、実はこれが仲々難しいので、むしろ不可能といってもいいくらいである。
この限度が分らないため、自分の力以上の計画を立てたり、身の程知らずの望みを起したりするので失敗するのである。ところがその場合でも早い内に気が付き、一旦陣を引いて出直せば苦しみも軽くて済むが、宿命の限度が分っていないから、無理に押通そうとするので失敗を大きくするのである。また世の中を甘く見すぎたためであった事ももちろんである。そんな訳で盛返そうとしては失敗し、出直そうとしては腰を折られ、散々な目に遭ってやっと目が醒める人が大部分である。しかしまだ目が覚めればいいが、中には不幸のドン底に陥ったまま死ぬまで目の醒めない人も大いにあるが可哀相なものである。以上は信仰のない人の運命をかいたのであるが、そこへゆくと信仰者は別である。
それについては霊の方面から説かねばならないが、つまり一切の苦しみは浄化作用である。浄化作用といえば病気だけのように思うかも知れないが、決してそうではない。すべての悩み苦しみの因はことごとく浄化作用である。たとえば人に瞞され損をする、火事で焼ける、怪我や泥棒、家族の不幸、商売上の損や失敗、金の苦しみ、夫婦喧嘩、親子兄弟の仲違い、親戚知人との争いなど何も彼も浄化作用である。このように普通浄化作用といえば苦しみで曇りを除るより方法はないから、曇りがあるだけは免れる事は出来ないので、曇りを減らすのが開運の絶対的条件である。つまりある程度魂が浄まれば、浄化の必要がないから不幸が幸福に変る事になる。これが真理であるから、運は寝て待てではなく、運は浄めて待てというのが本当である。
ところが前記のように苦しまないで魂が浄まるその方法が信仰であるから、無信仰者に幸福は絶対ない訳である。しかし信仰にも色々あるから、立派な力のある信仰でなくては、真の幸福は得られない。そこへゆくと我メシヤ教こそ右の条件に叶う宗教である事を知らねばならない。
2
昼の世界に転換の科学的証明
この間ラジオの学校新聞の時聴いた話だが、最近スエーデンのハルマンという学者が、面白い研究を発表した。というのは五十年以前の地球の温度を今日と較べると、今日の方が約十度高くなったという実に驚くべき報告である。なぜなればもしこの割合で暖かくなるとすれば、右の十倍とみて五百年経ったら百度暖かくなる訳だからで、到底信じ得られない話である。ところがここで考えなくてはならない事は、もっと古い時代にそのような変化があったとすれば、その時すでに百何十度の炎熱となるから、人類は全滅した訳である。しかしそれらしい記録もないのであるから、何としても割切れない話である。そう考えてくると、どうしても数十年くらい前から変化し始めたと見ねばなるまい。そうでなければ理屈が合わない。
この事について私は常に唱える夜の世界が、昼の世界に転換するという重大な意義である。それが日本においては明治に入った頃からであって、漸次進んで昭和六年六月十五日に到って、この日からいよいよ地球の霊界が黎明期に入ったのである。その日私は三十余人の弟子を連れて、房州鋸山にある乾坤山(けんこんざん)日本寺という有名な山寺に前日登って一泊し、翌十五日暁の午前五時頂きに登ってある神事を行ったのである。その後それに関連した種々の奇蹟が起ったという事も、以前著書にかいたから信者は読んだであろうが、それらの事を科学的に証明したのが、前記温度の高くなった報告である。
しかし今後このままの割合で暖かくなる事はないから安心していい。というのはある程度までで済むからである。右のごとく最近に至っていかに火素が増量し、浄化も強くなったかが分るであろう。無論火素といっても本来霊的であるから、体的熱量はないと思うであろうが、ある程度の体的熱量はあるので、何よりも私の浄霊である。信者数百人に対し十分ないし二十分浄霊する場合、中には非常に熱くなって、汗ダクダクになる人さえよくあると共に、冬など私の部屋へ入ると暖かいとよく云われる事がある。ところが火素の増量は独り病気に限らずあらゆる面にも影響を受けるのであるから、これが世界的クライマックスになった時が世の終りである。これについても大いに神秘があるがまだ時期が早いから、いずれ発表するつもりである。
この間ラジオの学校新聞の時聴いた話だが、最近スエーデンのハルマンという学者が、面白い研究を発表した。というのは五十年以前の地球の温度を今日と較べると、今日の方が約十度高くなったという実に驚くべき報告である。なぜなればもしこの割合で暖かくなるとすれば、右の十倍とみて五百年経ったら百度暖かくなる訳だからで、到底信じ得られない話である。ところがここで考えなくてはならない事は、もっと古い時代にそのような変化があったとすれば、その時すでに百何十度の炎熱となるから、人類は全滅した訳である。しかしそれらしい記録もないのであるから、何としても割切れない話である。そう考えてくると、どうしても数十年くらい前から変化し始めたと見ねばなるまい。そうでなければ理屈が合わない。
この事について私は常に唱える夜の世界が、昼の世界に転換するという重大な意義である。それが日本においては明治に入った頃からであって、漸次進んで昭和六年六月十五日に到って、この日からいよいよ地球の霊界が黎明期に入ったのである。その日私は三十余人の弟子を連れて、房州鋸山にある乾坤山(けんこんざん)日本寺という有名な山寺に前日登って一泊し、翌十五日暁の午前五時頂きに登ってある神事を行ったのである。その後それに関連した種々の奇蹟が起ったという事も、以前著書にかいたから信者は読んだであろうが、それらの事を科学的に証明したのが、前記温度の高くなった報告である。
しかし今後このままの割合で暖かくなる事はないから安心していい。というのはある程度までで済むからである。右のごとく最近に至っていかに火素が増量し、浄化も強くなったかが分るであろう。無論火素といっても本来霊的であるから、体的熱量はないと思うであろうが、ある程度の体的熱量はあるので、何よりも私の浄霊である。信者数百人に対し十分ないし二十分浄霊する場合、中には非常に熱くなって、汗ダクダクになる人さえよくあると共に、冬など私の部屋へ入ると暖かいとよく云われる事がある。ところが火素の増量は独り病気に限らずあらゆる面にも影響を受けるのであるから、これが世界的クライマックスになった時が世の終りである。これについても大いに神秘があるがまだ時期が早いから、いずれ発表するつもりである。
2
病気とは何ぞや・アメリカを救う
アメリカを救う
私は標題の著書を目下執筆中であるが、左の一文はその中の一項目で、参考になると思うから、載せる事にした。
病気とは何ぞや
序論にもある通り、現在米国における病気の漸増は何がためであるかを、その根本から説いてみるが、まず病気なるものの発生原因であるが、驚くなかれ病気というものは医療が作るのであって、特に薬剤がその中心をなしているという事実である。つまり病気を治し、病人を減らそうとするその方法が、反対に病気を治さないようにし増やしているという、到底信じられない程の迷盲である。そうしてこれは説明の要のない程明らかであるにかかわらず、それに気が付かないのであるから、全く二十世紀の謎といってもよかろう。それどころか益々医学に信頼し、これを進歩させれば病気は解決出来るものと固く信じているのである。ではそのような不可解な原因はどこにあるかというと、それは医学の考え方が逆になっており、病気をもって悪い意味に解釈しているからである。それをこれから徹底的に解説してみよう。
本来人間なるものは、生まれながらにして例外なく先天性毒素と後天性毒素とを保有している。先天性毒素とは無論親からの遺伝であり、後天性毒素とは生まれてから体内へ入れた薬毒である。というと何人も意外に思うであろう。何となれば昔から薬は病気を治すもの、健康を補うものとの観念が常識となっていて、良い薬さえ出来れば病気は解決するものと信じ、それを医療の主眼としているからである。特に米国は薬に最も重点を置き、新薬発見に非常な努力を払っているのは誰も知る通りである。ゆえにもし薬で病気が治るとしたら、病気は漸次減らなければならないはずであるのに、逆に益々増えるのはどうした訳か、これ程理屈に合わない話はあるまい。元来薬というものは、地球上ただの一つもないのであって、ことごとく毒物であり毒だから効くのである。それはどういう意味かというと薬という毒の作用によって病気症状が減るから治るように見えるので、実は治るのではないのである。
では薬がなぜ毒物であるかというと、そもそも人間が口へ入れるものとしては、造物主が人間を造ると同時に生を営むべく用意されたのが食物である。そうして食物にも人間が食うべきものと、食うべからざるものとは自ら別けられている。すなわち食うべきものには味を含ませ、人間には味覚を与えられているのであるから、人間は食いたいものを楽しんで食えば、それで栄養は充分摂れるので、これだけを考えても造物主の周到なるは分るはずである。この意味において生きんがために食物を摂るというよりも、食物を摂る事によって生きてゆけるので、ちょうど生殖と同様子を得る目的で男女が営むのではなく、別の目的の営みで偶然子は授かるのであるから、神秘極まるものである。
右のごとく人間の体内機能は、食物として定められた物以外の異物は完全に処理出来ないようになっているので、薬は異物である以上含まれている栄養分だけは吸収されるが、他は体内に残ってしまう。これが薬毒であって、しかも厄介な事にはこれが各局部に集溜し、時の経つにつれて固結してしまう。その集溜個所としては神経を使うところに限られている。神経を使うところといえば、もちろん上半身特に首から上で、頭脳を中心とし眼、耳、鼻、口等であるから、そこを目掛けて毒素は集中せんとし、一旦頸の周りに固結する。いかなる人でも頸の周り、肩の辺に必ず固結をみるであろう。これが凝りであって、ある程度に達するや自然排泄作用すなわち浄化作用が発生する。その場合発熱によって毒結は溶けて液体となり、咳、痰、鼻汁、汗、下痢、熱尿等になって排除されようとする。これを名付けて感冒というのである。
ゆえに感冒とは毒素排除の過程であるから、少し苦しいが我慢して自然に委せておけば順調に排泄され、体内は清浄化し治るという実に結構なものであるから、感冒とは全く簡易な生理作用で、神の摂理であるから、大いに感謝すべきであるにかかわらず、それを知らない人間は、この浄化の苦痛を反って悪い意味に解釈し、これを止めるべく考え出したものが医療であるから、いかに間違っているかが分るであろう。そうしてこの浄化作用なるものは、人体の活力が旺盛であればある程発り易いので、これを停めるには人体の活力を弱らせるに限る。そこで薬と称する毒を用いたのである。昔から草根木皮、鉱物、動物の臓器等から探り出し、煎じたり、粉末にしたり、抽出したりして水薬、丸薬、塗布薬、注射薬等色々な形にして浄化停止に応用したのである。それには毒が強いと生命に関わるから、微弱にして、少しずつ服ませる。このため一日何回などと分量を決めたので、よく効く薬とは中毒を起さない程度に毒を強めたものである。
このように薬毒をもって溶解排除せんとする毒素を固めて来たので、今日の人間がいかに有毒者であり、病気が起り易くなっているかは、近来予防衛生などとやかましく言ったり、感冒を恐れるのもそのためである。また人間の寿命にしても六十余歳となったといって喜んでいるが、これも大変な誤りである。というのは人間病さえなければ百歳以上は楽に生きられるのに、百歳以下で死ぬのは病による不自然死のためで、無病となれば自然死となる以上、長生するのは当然である。右のごとく医療とは病を治すものではなく一時的苦痛緩和手段で、そのための絶対安静、湿布、塗布薬、氷冷、電気、光線療法等々すべての療法は固め手段ならざるはないのである。その中に一、二異(ちが)うのは灸点と温熱方法であるが、これも一時的熱の刺戟によって、その個所へ毒素を誘導させるので、楽にはなるが時間が経てば元通りになるから何にもならないし、またラジウム放射で癌を破壊する方法もあるが、これも癌だけの破壊なら結構だが、実は組織をも破壊してしまうから、差引プラスよりマイナスの方が多い訳である。
以上のごとく現在までの療法という療法は、徹頭徹尾固め方法であって、治す方法とは毒素を溶かして排除させる以外決してないのである。何よりも医師は治すとは言わない。固めるというにみて明らかである。しかも固め方法の内最も有効なものが薬であり、その薬が病原を作るのであるから、医療を受ける程余病が発り易く悪化するのは当然である。その結果ついに生命の危険にまで及ぶのである。それについてこういう事がある。治そうとして熱心に高貴薬など用いる患者程成績が悪く、その反対にどうでもいいと思う患者程治りがいいという話は、医師からよく聞くところである。また衛生に注意する者程弱く、無頓着の者程健康である事や、医師の家族や病院の看護婦などが多病であるのもよく聞くところである。面白い事には稀な健康者、長寿者に訊いてみると、自分は病気した事がないから、医師や薬の厄介になった事はないなどというが、吾々からみればそれだから健康であり、健康だからそうであるので、この点大いに味わうべきである。
アメリカを救う
私は標題の著書を目下執筆中であるが、左の一文はその中の一項目で、参考になると思うから、載せる事にした。
病気とは何ぞや
序論にもある通り、現在米国における病気の漸増は何がためであるかを、その根本から説いてみるが、まず病気なるものの発生原因であるが、驚くなかれ病気というものは医療が作るのであって、特に薬剤がその中心をなしているという事実である。つまり病気を治し、病人を減らそうとするその方法が、反対に病気を治さないようにし増やしているという、到底信じられない程の迷盲である。そうしてこれは説明の要のない程明らかであるにかかわらず、それに気が付かないのであるから、全く二十世紀の謎といってもよかろう。それどころか益々医学に信頼し、これを進歩させれば病気は解決出来るものと固く信じているのである。ではそのような不可解な原因はどこにあるかというと、それは医学の考え方が逆になっており、病気をもって悪い意味に解釈しているからである。それをこれから徹底的に解説してみよう。
本来人間なるものは、生まれながらにして例外なく先天性毒素と後天性毒素とを保有している。先天性毒素とは無論親からの遺伝であり、後天性毒素とは生まれてから体内へ入れた薬毒である。というと何人も意外に思うであろう。何となれば昔から薬は病気を治すもの、健康を補うものとの観念が常識となっていて、良い薬さえ出来れば病気は解決するものと信じ、それを医療の主眼としているからである。特に米国は薬に最も重点を置き、新薬発見に非常な努力を払っているのは誰も知る通りである。ゆえにもし薬で病気が治るとしたら、病気は漸次減らなければならないはずであるのに、逆に益々増えるのはどうした訳か、これ程理屈に合わない話はあるまい。元来薬というものは、地球上ただの一つもないのであって、ことごとく毒物であり毒だから効くのである。それはどういう意味かというと薬という毒の作用によって病気症状が減るから治るように見えるので、実は治るのではないのである。
では薬がなぜ毒物であるかというと、そもそも人間が口へ入れるものとしては、造物主が人間を造ると同時に生を営むべく用意されたのが食物である。そうして食物にも人間が食うべきものと、食うべからざるものとは自ら別けられている。すなわち食うべきものには味を含ませ、人間には味覚を与えられているのであるから、人間は食いたいものを楽しんで食えば、それで栄養は充分摂れるので、これだけを考えても造物主の周到なるは分るはずである。この意味において生きんがために食物を摂るというよりも、食物を摂る事によって生きてゆけるので、ちょうど生殖と同様子を得る目的で男女が営むのではなく、別の目的の営みで偶然子は授かるのであるから、神秘極まるものである。
右のごとく人間の体内機能は、食物として定められた物以外の異物は完全に処理出来ないようになっているので、薬は異物である以上含まれている栄養分だけは吸収されるが、他は体内に残ってしまう。これが薬毒であって、しかも厄介な事にはこれが各局部に集溜し、時の経つにつれて固結してしまう。その集溜個所としては神経を使うところに限られている。神経を使うところといえば、もちろん上半身特に首から上で、頭脳を中心とし眼、耳、鼻、口等であるから、そこを目掛けて毒素は集中せんとし、一旦頸の周りに固結する。いかなる人でも頸の周り、肩の辺に必ず固結をみるであろう。これが凝りであって、ある程度に達するや自然排泄作用すなわち浄化作用が発生する。その場合発熱によって毒結は溶けて液体となり、咳、痰、鼻汁、汗、下痢、熱尿等になって排除されようとする。これを名付けて感冒というのである。
ゆえに感冒とは毒素排除の過程であるから、少し苦しいが我慢して自然に委せておけば順調に排泄され、体内は清浄化し治るという実に結構なものであるから、感冒とは全く簡易な生理作用で、神の摂理であるから、大いに感謝すべきであるにかかわらず、それを知らない人間は、この浄化の苦痛を反って悪い意味に解釈し、これを止めるべく考え出したものが医療であるから、いかに間違っているかが分るであろう。そうしてこの浄化作用なるものは、人体の活力が旺盛であればある程発り易いので、これを停めるには人体の活力を弱らせるに限る。そこで薬と称する毒を用いたのである。昔から草根木皮、鉱物、動物の臓器等から探り出し、煎じたり、粉末にしたり、抽出したりして水薬、丸薬、塗布薬、注射薬等色々な形にして浄化停止に応用したのである。それには毒が強いと生命に関わるから、微弱にして、少しずつ服ませる。このため一日何回などと分量を決めたので、よく効く薬とは中毒を起さない程度に毒を強めたものである。
このように薬毒をもって溶解排除せんとする毒素を固めて来たので、今日の人間がいかに有毒者であり、病気が起り易くなっているかは、近来予防衛生などとやかましく言ったり、感冒を恐れるのもそのためである。また人間の寿命にしても六十余歳となったといって喜んでいるが、これも大変な誤りである。というのは人間病さえなければ百歳以上は楽に生きられるのに、百歳以下で死ぬのは病による不自然死のためで、無病となれば自然死となる以上、長生するのは当然である。右のごとく医療とは病を治すものではなく一時的苦痛緩和手段で、そのための絶対安静、湿布、塗布薬、氷冷、電気、光線療法等々すべての療法は固め手段ならざるはないのである。その中に一、二異(ちが)うのは灸点と温熱方法であるが、これも一時的熱の刺戟によって、その個所へ毒素を誘導させるので、楽にはなるが時間が経てば元通りになるから何にもならないし、またラジウム放射で癌を破壊する方法もあるが、これも癌だけの破壊なら結構だが、実は組織をも破壊してしまうから、差引プラスよりマイナスの方が多い訳である。
以上のごとく現在までの療法という療法は、徹頭徹尾固め方法であって、治す方法とは毒素を溶かして排除させる以外決してないのである。何よりも医師は治すとは言わない。固めるというにみて明らかである。しかも固め方法の内最も有効なものが薬であり、その薬が病原を作るのであるから、医療を受ける程余病が発り易く悪化するのは当然である。その結果ついに生命の危険にまで及ぶのである。それについてこういう事がある。治そうとして熱心に高貴薬など用いる患者程成績が悪く、その反対にどうでもいいと思う患者程治りがいいという話は、医師からよく聞くところである。また衛生に注意する者程弱く、無頓着の者程健康である事や、医師の家族や病院の看護婦などが多病であるのもよく聞くところである。面白い事には稀な健康者、長寿者に訊いてみると、自分は病気した事がないから、医師や薬の厄介になった事はないなどというが、吾々からみればそれだから健康であり、健康だからそうであるので、この点大いに味わうべきである。
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今や亡びんとする日本画
私はこの間目下開催中の院展並びに青龍展を観た結果、その感想をどうしても記かずにはおれないので、ここにかいてみるのである。まず院展であるが、会場へ入るやオヤッと思った。これは間違ったのではないか、というのは隣に二科と行動展が開催中だからである。しかしよく見ると油絵具ではなく、日本絵具で描いてあるので、ヤハリ院展かなあーと思いつつも、何か割切れない気がしてならない。殊によると洋画家の方で日本絵具を使い始めたのではないかとも思った。ところが第三室に入るや、突当りに大観先生の絵があるので、ヤハリ院展だという事が分ると共に、何とも言えない寂しさが込み上げて来た。なるほど出来星の展覧会ならともかく、相当長い歴史もあり、何といっても現代日本画壇の重鎮である四十年前後の岡倉天心先生が、光琳を現代に生かすべく勃々(ぼつぼつ)たる野心の下に、大観、春草、観山、武山を四天王と選び、それまで伝統の殻から脱け切れない日本画壇に巨弾を投げつけたのであるから、この天心先生の大胆にして烱眼(けいがん)なる意図は、正に革命的であった。果せるかな画壇は動き始めた。最初はそれ程でもなかったが、その内に世の中が承知しない。院派に吸われるごとく人の眼は集まって来、ついに日本画壇における寵児的存在となったのは誰も知る通りである。ところがそれはそれとして、京都画壇においても一人の大天才が現れた。すなわち竹内栖鳳(せいほう)である。彼の神技は院派とは別な趣を表わし、天下の目を奪ったのはもちろん、ここに大観と並んで東西の大御所となったのである。ところが栖鳳氏は惜しいかな人々の嘱目(しょくもく)を後にしてこの世を去ってしまったばかりか、次の大御所的期待を掛けられていた関雪も逝き、渓仙(けいせん)、麦僊(ばくせん)の鬼才もまた早逝した等によって、ついに現在のごとく日本画壇は東に移って、展覧会としては院展、青龍展の二つのみとなったのである。しかるにこの両展覧会の一方の雄たる院展が前記のごとしとすれば、日本画壇にとっての由々しき一大異変といってよかろう。
次に青龍展の方であるが、こちらも相変らずでほとんど進境は認められないと共に、御大龍子先生の凉露(りょうろ)品であるが、これを遠慮なくいえば失敗作である。特にこの絵としての最もいけない点は、全体的に黒々とした輪廓〔郭〕が目障りだ。これは普通の墨ではなく、何かを焼いて出来た墨という事だが、いずれにせよ折角の画面を壊してしまったといっていい。私はこの画を見た瞬間淡墨(うすずみ)であったならと思った事である。次はこの展覧会の全体的批評をかいてみるが、この会の絵は総体的に観て会場芸術かは知らないが、ほとんどの絵は焦点を余りに無視している事である。悪く言えば壁紙式が多い。そうして芸術感覚も乏しく、単なるスケッチ風が大部分である。これらも洋画カブレであろうが、深さも品位も乏しいので、全く東洋画の生命がない。そんな訳でこの会としてはむしろ小品展の方が遥かにいいと私は思ったのである。
最後に龍子先生に望みたい事は、君の技巧は正に天下一品といってもいいくらいだが、それが反って災いしているようだ。というのは余りに達者に任せて描きすぎる嫌いがある。そのため画面全体が騒々しく、落着きと慎ましさがない。何といっても東洋画の本質は静であって動ではない事である。なるほど動も時代的にはある程度は赦されるが、ジャズになってはお仕舞だ。また君の旅のスケッチは仲々面白く楽しめるが、これも難をいえば筆が躍りすぎている。もっとしっとりしてる方がよいと思うがどうであろう。いつかもいった通り喋舌(しゃべ)る事の上手な人が、興に乗って言わずともいい事までペラペラ脱線するようなものではないかと思われるのは私ばかりではあるまい。
次に現代の日本画全体を引括(ひっくる)めて言ってみたいが、まず近頃の画題である。なるほど今更達磨(だるま)や羅漢(らかん)、寒山拾得、布袋、龍や唐山水などは、余りに陳腐で時代錯誤ではあるが、さらばといって現代生活そのままのスケッチでも感心出来ない。たとえば街中や室内にある何ら美のない物体を、無理に美化しようとする努力などおよそ無意味ではないか。これらは何程上手に描いたとて、観る者をして何ら趣味は湧くまいと思う。これも洋画追随の結果であろうが、日本画としての約束を無視しては、その良さがなくなる。従って取材にしても芸術約高さがなくてはならないのは言うまでもない。これについては日本の風景の絶佳な事、草木の種類の豊富な事等を見ても好い題材はいくらでもあるはずである。そうかといって現代の大家でもよく描く草花物などについても言いたい事は、余りに女学生趣味である。同じ草花にしても琳派物のような見応えのあるものの少ないのは遺憾である。
それから新聞にも出ている通り、今度米国においてワシントン始め五大都市で、日本古美術展を開催する事となり、その要務を帯びて過般来朝したフリヤー美術館長ウェンリー夫妻と、ニューヨークメトロポリタン博物館東洋美術部長プリーストの両氏は、別々に箱根美術館に来館された。その際私は親しく面接したが、両氏共現代日本画には目も呉れないで、ただ大いに褒めたのは栖鳳の竹に雀の大幅(だいふく)で、是非欲しいとさえ言われたくらいであった。しかも両氏共米国における美術界の権威とされている人で、その鑑賞眼の鋭さには私も一驚を喫した程である。そうして後れて来朝したワーナー博士であるが、この人との約束もあったが、何しろ老齢の事とて非常に疲れており、次の日を約して今回は割愛(かつあい)された。
ここで深く考えねばならない事は、米人は新画だからいけない、古いから可いという骨董癖はほとんどない事で、実際公平な見地から見て古画を愛好するのである。この点私も同感で私とても新古の別は問わない。ただよく出来て気に入ればそれでいいのである。ところが実際古画の方がズッと上で、新画の方は較べものにならない程劣っている。これについても同国の好事家は現代フランス大家の作品は非常な高価でも、引張凧という話であるし、また先日フランスの国際展へ出品した日本の油絵にしても、意外な不評判であったのは、全く日本の洋画は世界的水準に達していないからである。
ところが日本画に至っては、日本独特の世界的最高峰の芸術である以上、これに最も力を注ぐのが賢明ではなかろうか。ところがそれに気が付かないためか、現在の日本画家は一生懸命油絵の模倣に汲々たる有様である。これではどんなに好く出来たところで、畢竟(ひっきょう)イミテーション以外の何物でもあるまい。従ってこの際一日も早く頭を切換え、断然日本画一本で進むべきではないか。もちろん目標としては古画を凌(しの)ぐ程の傑作を作る事で、それをもって堂々世界の檜舞台に出すとしたら、結果は外国画家の方で日本画に追随し、油絵に日本画風を採入れる事になるのは断言するのである。それについて思い出して貰いたい事は、君らが崇拝している現在の洋画である。ところがこの根本こそ日本の光琳からヒントを得て、それが今日のように変化して来た一事である。彼の十九世紀前半ルネッサンス様式が極点にまで発達し、絵画においても写実主義が行き詰り、どうにもならなかった時、突如として彼らをアッとさせたのが光琳であった。これによって当時の洋画界は俄然革命されたのであるから、この吾らの祖先の偉大さを見たら、今日の画家の不甲斐なさは実に情ないと思うのである。
また先日フランスユネスコの幹部であるダヴィット女史が来館され、一番気に入ったのが有名な桃山時代の湯女(ゆな)の肉筆浮世絵であった。これを見て感に打たれた女史は、複製にして是非世界各国のユネスコ支部に、日本文化の卓越せるを紹介したいといって、同文化部から今回我外務省を通じて正式に申込んで来たので快諾し、目下大塚巧芸社に製作させている。私はこういう場合遺憾に思うのは現代画の方は、全然問題にされない事である。以上思いついたまま雑然とかいて来たが、要するに今や日本画は危急存亡の機(とき)に臨んでいる。どうか一日も早くこの危機から脱して貰いたいと、切に念願するのである。そうして今度の院展を観て驚いた事は、今まで大観先生のみは時流に媚びず、毅然として指導的地位を持していたにかかわらず、今度の絵はどうだ、軽薄極まる洋画風を採入れているので、これを見た私は目頭の熱くなるのを禁じ得なかったのである。
最後に是非かかねばならない事は、大局から見ての東西画観である。私は思う、日本画こそ真の芸術であって、西洋画は芸術とはいえないと思う。それはレベルの低さである。何よりもその扱い方がそれを示している通り、日本画は床の間という絵そのものを楽しむように出来ているし、季節に応じて掛替える事にもなっている。これに対し西洋画はところかまわず壁に掛けるだけで取替える事も要らない。としたら正直に言ってまず高級家具といってもよかろう。しかも東洋画は描くのであるが、西洋画は塗抹である。だから東洋画においては筆力雄健(ゆうけん)一気に描く、ここに生命の躍動がある。これを書にたとえても分る。書は一気にかくから生きているが、提灯屋では死んだ文字である。という訳で私は日本画は芸術であるが、西洋画は芸術と工芸品との中間であると常に言っている。
ではなぜ今日のように日本画は堕落したかというと、根本は何といっても芸術と科学を混同している錯覚ではなかろうか。それは素晴しい科学の進歩に幻惑された結果、西洋崇拝思想が美術にまでも及ぼしたためではなかろうかとも思うが、それとは反対に西洋各国の識者は逆に東洋美術に対する憧憬は益々濃くなりつつあるのが事実である。以上長々とかいて来たが、とにかく美術だけは西洋崇拝を止めて日本、支那、朝鮮の古美術を出来るだけ研究し再認識されたいのである。これについてこういう事がある。箱根美術館にはあらゆる階級の人が来るが、不思議にも画家はほとんど来ないのである。これを考えてみて分った事だが、なるほど現代画家のように油絵を憧れる以上、反って古画など見ない方がいいのかも知れないと思うので、全く長大息せざるを得ないのである。これに目醒めない限りいずれは外国人と共に、日本人からも見離されてしまい、日本画の没落は時の問題でしかあるまい。
(注)
竹内栖鳳(たけうち・せいほう、1864―1942)
明治33年パリ万国博覧会で受賞、ヨーロッパ各地をまわって、翌34年帰国。棲鳳から栖鳳に号を改める。大正2年帝室技芸員、大正8年帝国美術院会員。京都伝来の円山四条派の写生風を基礎として、大和絵や漢画の古典的手法を加えて、さらに外遊後は洋風の表現をもとり入れ、近代日本画の先駆となった。
私はこの間目下開催中の院展並びに青龍展を観た結果、その感想をどうしても記かずにはおれないので、ここにかいてみるのである。まず院展であるが、会場へ入るやオヤッと思った。これは間違ったのではないか、というのは隣に二科と行動展が開催中だからである。しかしよく見ると油絵具ではなく、日本絵具で描いてあるので、ヤハリ院展かなあーと思いつつも、何か割切れない気がしてならない。殊によると洋画家の方で日本絵具を使い始めたのではないかとも思った。ところが第三室に入るや、突当りに大観先生の絵があるので、ヤハリ院展だという事が分ると共に、何とも言えない寂しさが込み上げて来た。なるほど出来星の展覧会ならともかく、相当長い歴史もあり、何といっても現代日本画壇の重鎮である四十年前後の岡倉天心先生が、光琳を現代に生かすべく勃々(ぼつぼつ)たる野心の下に、大観、春草、観山、武山を四天王と選び、それまで伝統の殻から脱け切れない日本画壇に巨弾を投げつけたのであるから、この天心先生の大胆にして烱眼(けいがん)なる意図は、正に革命的であった。果せるかな画壇は動き始めた。最初はそれ程でもなかったが、その内に世の中が承知しない。院派に吸われるごとく人の眼は集まって来、ついに日本画壇における寵児的存在となったのは誰も知る通りである。ところがそれはそれとして、京都画壇においても一人の大天才が現れた。すなわち竹内栖鳳(せいほう)である。彼の神技は院派とは別な趣を表わし、天下の目を奪ったのはもちろん、ここに大観と並んで東西の大御所となったのである。ところが栖鳳氏は惜しいかな人々の嘱目(しょくもく)を後にしてこの世を去ってしまったばかりか、次の大御所的期待を掛けられていた関雪も逝き、渓仙(けいせん)、麦僊(ばくせん)の鬼才もまた早逝した等によって、ついに現在のごとく日本画壇は東に移って、展覧会としては院展、青龍展の二つのみとなったのである。しかるにこの両展覧会の一方の雄たる院展が前記のごとしとすれば、日本画壇にとっての由々しき一大異変といってよかろう。
次に青龍展の方であるが、こちらも相変らずでほとんど進境は認められないと共に、御大龍子先生の凉露(りょうろ)品であるが、これを遠慮なくいえば失敗作である。特にこの絵としての最もいけない点は、全体的に黒々とした輪廓〔郭〕が目障りだ。これは普通の墨ではなく、何かを焼いて出来た墨という事だが、いずれにせよ折角の画面を壊してしまったといっていい。私はこの画を見た瞬間淡墨(うすずみ)であったならと思った事である。次はこの展覧会の全体的批評をかいてみるが、この会の絵は総体的に観て会場芸術かは知らないが、ほとんどの絵は焦点を余りに無視している事である。悪く言えば壁紙式が多い。そうして芸術感覚も乏しく、単なるスケッチ風が大部分である。これらも洋画カブレであろうが、深さも品位も乏しいので、全く東洋画の生命がない。そんな訳でこの会としてはむしろ小品展の方が遥かにいいと私は思ったのである。
最後に龍子先生に望みたい事は、君の技巧は正に天下一品といってもいいくらいだが、それが反って災いしているようだ。というのは余りに達者に任せて描きすぎる嫌いがある。そのため画面全体が騒々しく、落着きと慎ましさがない。何といっても東洋画の本質は静であって動ではない事である。なるほど動も時代的にはある程度は赦されるが、ジャズになってはお仕舞だ。また君の旅のスケッチは仲々面白く楽しめるが、これも難をいえば筆が躍りすぎている。もっとしっとりしてる方がよいと思うがどうであろう。いつかもいった通り喋舌(しゃべ)る事の上手な人が、興に乗って言わずともいい事までペラペラ脱線するようなものではないかと思われるのは私ばかりではあるまい。
次に現代の日本画全体を引括(ひっくる)めて言ってみたいが、まず近頃の画題である。なるほど今更達磨(だるま)や羅漢(らかん)、寒山拾得、布袋、龍や唐山水などは、余りに陳腐で時代錯誤ではあるが、さらばといって現代生活そのままのスケッチでも感心出来ない。たとえば街中や室内にある何ら美のない物体を、無理に美化しようとする努力などおよそ無意味ではないか。これらは何程上手に描いたとて、観る者をして何ら趣味は湧くまいと思う。これも洋画追随の結果であろうが、日本画としての約束を無視しては、その良さがなくなる。従って取材にしても芸術約高さがなくてはならないのは言うまでもない。これについては日本の風景の絶佳な事、草木の種類の豊富な事等を見ても好い題材はいくらでもあるはずである。そうかといって現代の大家でもよく描く草花物などについても言いたい事は、余りに女学生趣味である。同じ草花にしても琳派物のような見応えのあるものの少ないのは遺憾である。
それから新聞にも出ている通り、今度米国においてワシントン始め五大都市で、日本古美術展を開催する事となり、その要務を帯びて過般来朝したフリヤー美術館長ウェンリー夫妻と、ニューヨークメトロポリタン博物館東洋美術部長プリーストの両氏は、別々に箱根美術館に来館された。その際私は親しく面接したが、両氏共現代日本画には目も呉れないで、ただ大いに褒めたのは栖鳳の竹に雀の大幅(だいふく)で、是非欲しいとさえ言われたくらいであった。しかも両氏共米国における美術界の権威とされている人で、その鑑賞眼の鋭さには私も一驚を喫した程である。そうして後れて来朝したワーナー博士であるが、この人との約束もあったが、何しろ老齢の事とて非常に疲れており、次の日を約して今回は割愛(かつあい)された。
ここで深く考えねばならない事は、米人は新画だからいけない、古いから可いという骨董癖はほとんどない事で、実際公平な見地から見て古画を愛好するのである。この点私も同感で私とても新古の別は問わない。ただよく出来て気に入ればそれでいいのである。ところが実際古画の方がズッと上で、新画の方は較べものにならない程劣っている。これについても同国の好事家は現代フランス大家の作品は非常な高価でも、引張凧という話であるし、また先日フランスの国際展へ出品した日本の油絵にしても、意外な不評判であったのは、全く日本の洋画は世界的水準に達していないからである。
ところが日本画に至っては、日本独特の世界的最高峰の芸術である以上、これに最も力を注ぐのが賢明ではなかろうか。ところがそれに気が付かないためか、現在の日本画家は一生懸命油絵の模倣に汲々たる有様である。これではどんなに好く出来たところで、畢竟(ひっきょう)イミテーション以外の何物でもあるまい。従ってこの際一日も早く頭を切換え、断然日本画一本で進むべきではないか。もちろん目標としては古画を凌(しの)ぐ程の傑作を作る事で、それをもって堂々世界の檜舞台に出すとしたら、結果は外国画家の方で日本画に追随し、油絵に日本画風を採入れる事になるのは断言するのである。それについて思い出して貰いたい事は、君らが崇拝している現在の洋画である。ところがこの根本こそ日本の光琳からヒントを得て、それが今日のように変化して来た一事である。彼の十九世紀前半ルネッサンス様式が極点にまで発達し、絵画においても写実主義が行き詰り、どうにもならなかった時、突如として彼らをアッとさせたのが光琳であった。これによって当時の洋画界は俄然革命されたのであるから、この吾らの祖先の偉大さを見たら、今日の画家の不甲斐なさは実に情ないと思うのである。
また先日フランスユネスコの幹部であるダヴィット女史が来館され、一番気に入ったのが有名な桃山時代の湯女(ゆな)の肉筆浮世絵であった。これを見て感に打たれた女史は、複製にして是非世界各国のユネスコ支部に、日本文化の卓越せるを紹介したいといって、同文化部から今回我外務省を通じて正式に申込んで来たので快諾し、目下大塚巧芸社に製作させている。私はこういう場合遺憾に思うのは現代画の方は、全然問題にされない事である。以上思いついたまま雑然とかいて来たが、要するに今や日本画は危急存亡の機(とき)に臨んでいる。どうか一日も早くこの危機から脱して貰いたいと、切に念願するのである。そうして今度の院展を観て驚いた事は、今まで大観先生のみは時流に媚びず、毅然として指導的地位を持していたにかかわらず、今度の絵はどうだ、軽薄極まる洋画風を採入れているので、これを見た私は目頭の熱くなるのを禁じ得なかったのである。
最後に是非かかねばならない事は、大局から見ての東西画観である。私は思う、日本画こそ真の芸術であって、西洋画は芸術とはいえないと思う。それはレベルの低さである。何よりもその扱い方がそれを示している通り、日本画は床の間という絵そのものを楽しむように出来ているし、季節に応じて掛替える事にもなっている。これに対し西洋画はところかまわず壁に掛けるだけで取替える事も要らない。としたら正直に言ってまず高級家具といってもよかろう。しかも東洋画は描くのであるが、西洋画は塗抹である。だから東洋画においては筆力雄健(ゆうけん)一気に描く、ここに生命の躍動がある。これを書にたとえても分る。書は一気にかくから生きているが、提灯屋では死んだ文字である。という訳で私は日本画は芸術であるが、西洋画は芸術と工芸品との中間であると常に言っている。
ではなぜ今日のように日本画は堕落したかというと、根本は何といっても芸術と科学を混同している錯覚ではなかろうか。それは素晴しい科学の進歩に幻惑された結果、西洋崇拝思想が美術にまでも及ぼしたためではなかろうかとも思うが、それとは反対に西洋各国の識者は逆に東洋美術に対する憧憬は益々濃くなりつつあるのが事実である。以上長々とかいて来たが、とにかく美術だけは西洋崇拝を止めて日本、支那、朝鮮の古美術を出来るだけ研究し再認識されたいのである。これについてこういう事がある。箱根美術館にはあらゆる階級の人が来るが、不思議にも画家はほとんど来ないのである。これを考えてみて分った事だが、なるほど現代画家のように油絵を憧れる以上、反って古画など見ない方がいいのかも知れないと思うので、全く長大息せざるを得ないのである。これに目醒めない限りいずれは外国人と共に、日本人からも見離されてしまい、日本画の没落は時の問題でしかあるまい。
(注)
竹内栖鳳(たけうち・せいほう、1864―1942)
明治33年パリ万国博覧会で受賞、ヨーロッパ各地をまわって、翌34年帰国。棲鳳から栖鳳に号を改める。大正2年帝室技芸員、大正8年帝国美術院会員。京都伝来の円山四条派の写生風を基礎として、大和絵や漢画の古典的手法を加えて、さらに外遊後は洋風の表現をもとり入れ、近代日本画の先駆となった。
2
自由なる信仰
信仰の自由は、新憲法制度以来そうなったので、これについては論ずる必要はないが、私の言わんとするところは、信仰それ自体の自由である。というのは世界中大中小幾多の宗教があるが、例外なく自分の宗教は最高であり、他の宗教は必ず劣るとしているのは誰も知るところであろう。という訳で他の宗教へ触れる事を極力戒めている。他教は邪教であるとか、コチラの神様のおとがめが恐いとか、二心あっては救われないとかいうのである。それが宗教によっては随分厳しいのがある。万一転向でもすると、大きな災いが来る、大病に罹る、命が失くなる、中には一家死に絶えるというような、縮み上がるような事をいって喰止めようとする布教師もある。これこそ邪教の常套手段であって、もちろんこのような事は常識的に見ても、馬鹿馬鹿しいが、本人自身は案外信じて、中々決心がつき兼ねる。ところがこういう信仰は新しい出来星の宗教のみではない。相当古い立派な宗教でも、それに似たような事が往々あるのだから不可解である。これなどもよく考えてみると、自由思想は政治や社会面のみではない。宗教にも封建の桎梏(しっこく)は相変らずのようである。
右のごとくであるから、私は宗教についての自由を言いたいのである。それは信者の意志を制約して、教団の都合を図る事で、これこそもっての外である。しかもその手段として用いるのが言葉の脅迫であるから、ここに至っては最早赦(ゆる)すべからざる信仰的脅迫である。その一例として私はこういう事を聞かされた事がある。自分は随分長い間熱心に信仰して来たが、年中病人は絶えず、貧乏の苦しみからも脱けられないので、段々信仰が嫌になったので脱けようとすると、その布教師は恐ろしい事をいうので、どうしていいか分らないで迷っているといって相談をかけられたので、私はそういう宗教は無論邪教だから、一日も早く止めなさいといってやった。しかしこういう宗教も世間仲々多いようである。
ではその理由はどこにあるかというと、もちろん信者を減らしたくないからの苦肉の策でもあろうが、その他の理由もある。それは昔からある事だが、その宗教が隆んになるとよく贋物が出たがる。本教なども今までにそういう事が時々あるので、その都度私はいうのである。宗教も化粧品と同様、売れると贋物が出るもので、贋物が出るくらいなら世の中から認められた証拠だから、むしろ結構ではないかと笑うのである。この事は形は異(ちが)うがキリスト教にもあるようだ。それは偽キリスト、偽救世主が今に出るから注意せよと戒めているが、これは善い事もあれば悪い事もある。なぜなればもし本物の救世主が出ても、偽物と思い誤り、救われない人が出来るからである。
ところで一番困るのは、自分の信じている宗教が最高のものと思い込んで、熱烈な信仰を捧げている人の多い事である。しかしこれは本当にそう思っているのだから、精神では救われているから、御本人だけは満足しているが、それは本当ではない。なぜなれば物質面も救われ、霊体揃えて天国的生活者にならなければ、真の幸福ではないからである。ところがその事を知らない盲信者が多いとみえて、一生懸命信仰をしながら、不幸から解放されない人も随分多いようである。右について今一つ注意したい事がある。それは他の宗教に触るるのを恐れる理由は、その宗教より以上の宗教があるかも知れないとの懸念のためであろう。というのはその宗教に弱点があるからで、大いに注意すべきである。
そうして自画自讃で言い辛いが、我メシヤ教に限ってその点実に自由である。これは信者はよく知っているが、他のどんな宗教にでも大いに触れるべしと云っている。もちろん研究も結構で、それだけ見聞が拡まるからである。その結果もしメシヤ教以上のものがあったとしたら、いつ転向しても差支えない。決して罪とはならないからで、本当の神様ならその人が救われ、幸福になりさえすればそれでいいのである。
信仰の自由は、新憲法制度以来そうなったので、これについては論ずる必要はないが、私の言わんとするところは、信仰それ自体の自由である。というのは世界中大中小幾多の宗教があるが、例外なく自分の宗教は最高であり、他の宗教は必ず劣るとしているのは誰も知るところであろう。という訳で他の宗教へ触れる事を極力戒めている。他教は邪教であるとか、コチラの神様のおとがめが恐いとか、二心あっては救われないとかいうのである。それが宗教によっては随分厳しいのがある。万一転向でもすると、大きな災いが来る、大病に罹る、命が失くなる、中には一家死に絶えるというような、縮み上がるような事をいって喰止めようとする布教師もある。これこそ邪教の常套手段であって、もちろんこのような事は常識的に見ても、馬鹿馬鹿しいが、本人自身は案外信じて、中々決心がつき兼ねる。ところがこういう信仰は新しい出来星の宗教のみではない。相当古い立派な宗教でも、それに似たような事が往々あるのだから不可解である。これなどもよく考えてみると、自由思想は政治や社会面のみではない。宗教にも封建の桎梏(しっこく)は相変らずのようである。
右のごとくであるから、私は宗教についての自由を言いたいのである。それは信者の意志を制約して、教団の都合を図る事で、これこそもっての外である。しかもその手段として用いるのが言葉の脅迫であるから、ここに至っては最早赦(ゆる)すべからざる信仰的脅迫である。その一例として私はこういう事を聞かされた事がある。自分は随分長い間熱心に信仰して来たが、年中病人は絶えず、貧乏の苦しみからも脱けられないので、段々信仰が嫌になったので脱けようとすると、その布教師は恐ろしい事をいうので、どうしていいか分らないで迷っているといって相談をかけられたので、私はそういう宗教は無論邪教だから、一日も早く止めなさいといってやった。しかしこういう宗教も世間仲々多いようである。
ではその理由はどこにあるかというと、もちろん信者を減らしたくないからの苦肉の策でもあろうが、その他の理由もある。それは昔からある事だが、その宗教が隆んになるとよく贋物が出たがる。本教なども今までにそういう事が時々あるので、その都度私はいうのである。宗教も化粧品と同様、売れると贋物が出るもので、贋物が出るくらいなら世の中から認められた証拠だから、むしろ結構ではないかと笑うのである。この事は形は異(ちが)うがキリスト教にもあるようだ。それは偽キリスト、偽救世主が今に出るから注意せよと戒めているが、これは善い事もあれば悪い事もある。なぜなればもし本物の救世主が出ても、偽物と思い誤り、救われない人が出来るからである。
ところで一番困るのは、自分の信じている宗教が最高のものと思い込んで、熱烈な信仰を捧げている人の多い事である。しかしこれは本当にそう思っているのだから、精神では救われているから、御本人だけは満足しているが、それは本当ではない。なぜなれば物質面も救われ、霊体揃えて天国的生活者にならなければ、真の幸福ではないからである。ところがその事を知らない盲信者が多いとみえて、一生懸命信仰をしながら、不幸から解放されない人も随分多いようである。右について今一つ注意したい事がある。それは他の宗教に触るるのを恐れる理由は、その宗教より以上の宗教があるかも知れないとの懸念のためであろう。というのはその宗教に弱点があるからで、大いに注意すべきである。
そうして自画自讃で言い辛いが、我メシヤ教に限ってその点実に自由である。これは信者はよく知っているが、他のどんな宗教にでも大いに触れるべしと云っている。もちろん研究も結構で、それだけ見聞が拡まるからである。その結果もしメシヤ教以上のものがあったとしたら、いつ転向しても差支えない。決して罪とはならないからで、本当の神様ならその人が救われ、幸福になりさえすればそれでいいのである。
2
美術品の集まる理由
箱根美術館を観た人は分るであろうが、容易に手に入らないような物が豊富に蒐(あつま)っているので、驚かない者はほとんどないのである。これについて最初からの経路をかいてみるが、まず買始めたのが終戦直後からであった。何しろ日本はかつてない世の中の変り方で、誰も知るごとく一挙に貴族富豪、大名、財閥等残らずと言いたい程特権階級の転落となったので、たちまち経済的苦境に陥り、先祖伝来大切に秘蔵してあった書画骨董類を手放さない訳にはゆかなくなった事である。従って珍什名器は随分出たと共に、値段も安かった。
かてて加えて巨額な財産税を課せられたので、どうしても手放さなければならない窮地に追込められ、泣く泣く売払ったのであるから、余りの気の毒に私は同情に堪えなかったのである。そうかといって売らなければ追っ付かないから、私は買いつつも助ける気持も手伝ったくらいである。という訳で私は値切らずほとんど言い値で買ったものである。しかし欲張り道具屋の暴利だけは加減したのはもちろんである。そのようにしてボツボツ集まるには集ったが、いつもいう通り私は若い頃から美術が好きではあったが、鑑識の点は無論素人の域を脱していなかったと共に、買った経験もないので相場も分らず、ただ見て気に入った物だけを買ったのである。ところがその方針が当ったとみえて、全部と言いたい程買損ないがなかった。
これは美術館を観た専門的知識のある人は御世辞でなく褒めている。今までどんな美術館を見ても、いかがわしい物は相当あるものだが、この美術館は屑がない、逸品揃いだと言うのである。先頃来られたニューヨーク・メトロポリタン博物館、東洋美術部長プリースト氏なども、この点特に褒め讃えていた。そうこうしている内大分品物も集まり、私も段々目が利くようになったので、いずれは美術館を造らねばならないと思いはじめたのが、忘れもしない三年前くらいであった。それから不思議にもその目的に合ったものが予想外に集まって来たので、いよいよ神様が美術館建設に力を注ぎはじめた事がハッキリ分ったのである。それについての奇蹟は余りに多いので、一々はかけないから、その中の著しいものだけかいてみよう。
最初の頃であった。ある蒔絵専門の道具屋が、不思議と思う程上等な蒔絵物を次から次へと持って来るので、私も驚いたと共に道具屋も実に不思議だといったものである。しかも時も時とて非常によいものが驚く程の安価で手に入ったもので、まず今日の相場から言えば、少なくとも数倍以上は違うのである。今美術館に並んでいる蒔絵物がそれで、あれだけの品物が僅か半年くらいで集まったのである。特に稀世の名人白山松哉(しょうさい)の物なども、現在並べてあるのが二点であるが、まだ数点は蔵(しま)ってあるから、いずれは並べるつもりである。何しろこの人の作品は今日ほとんど売物には出ないくらいで、いかに品物の少ない事と、所持者が珍重して手放さない事が分るのである。
また私が以前から好きなのは、琳派物と仁清(にんせい)の陶器であったが、これなども時の経つに従い段々高くなるばかりで、近来売物はほとんど影を没してしまい、希望者は歎声を漏らしているそうだ。ところが終戦直後のドサクサ紛れで、値もすこぶる安く、相当数手に入ったので、全く神様の力である事がよく分るのである。そんな訳で私が是非欲しいと思う物、美術館になくてはならないという物は必ず手に入る。その都度道具屋は不思議だ、奇蹟だという。それについてこういう事があった。私は広重の有名な東海道五十三次の初版のものが欲しかったところ、ある版画専門の道具屋が来て、広重物など見せたので、私は初版の五十三次ならいつでも買うと言ってやったところ、その翌日持って来たので驚いた。すると彼いわく“こんな不思議な事はありません。昨日帰宅するやある人が昨日のお話通りのものを持って来たので吃驚しました。私は四十年前から心掛けておったのですが、昨日帰宅するやそれを売りに来たのですから、どう考えても分らない”というので、私も余りの奇蹟に感激したのはもちろんであった。よく見るとこれは有名な某大大名の秘蔵していたもので、先祖が作ったとかで、その立派な画帖にも二度吃驚したのである。かつ値段も非常に安く喜んだのである。
次に支那陶器であるが、私は以前から全然趣味もなく、鑑識もなかったところ、美術館としてはどうしても必要と思ったところ、それから間もなく方々から集まって来た。今並べてあるものがそれだが、何しろ約一年くらいで蒐めたので、これを知った誰もは本当に思わない。しかも初めは全然目が利かず、道具屋の説明や自分の六感で選んだのだが、今日専門家はよくこんな好い物が、これ程沢山集まったものだと感心している。という訳でいつもながら御守護の偉大さは何ともいえないのである。まだ色々あるが後は想像して貰いたい。
そこでこの奇蹟は何がためかという事をここにかいてみるが、これこそ霊界においてその作者はもちろん愛玩していた人、その品物に関係のあった人等の霊が、大いに手柄を立てたいと思い、適当の順序を経て私の手に入るように仕向けるのである。なぜなれば大功績によって救われ、階級も上るからである。言うまでもなく僅かの期間でこれ程の美術館が出来たというのも全く右の理由によるのである。考えてもみるがいい、今日まで財閥富豪が一世一代掛って漸く出来るくらいの美術館が、瞬(またた)く間に出来たとしたら、到底人間業でない事が誰が目にも映るであろう。
(注)
白山松哉(しらやましょうさい、1853〜1923) 東京美術学校教授 帝室技芸員 精微な研ぎ出し蒔絵には定評があった。
野々村仁清(ののむらにんせい、生没年未詳)本名清右衛門、仁和寺の門前で開窯したところから仁清と呼ばれる。京焼きの祖。
箱根美術館を観た人は分るであろうが、容易に手に入らないような物が豊富に蒐(あつま)っているので、驚かない者はほとんどないのである。これについて最初からの経路をかいてみるが、まず買始めたのが終戦直後からであった。何しろ日本はかつてない世の中の変り方で、誰も知るごとく一挙に貴族富豪、大名、財閥等残らずと言いたい程特権階級の転落となったので、たちまち経済的苦境に陥り、先祖伝来大切に秘蔵してあった書画骨董類を手放さない訳にはゆかなくなった事である。従って珍什名器は随分出たと共に、値段も安かった。
かてて加えて巨額な財産税を課せられたので、どうしても手放さなければならない窮地に追込められ、泣く泣く売払ったのであるから、余りの気の毒に私は同情に堪えなかったのである。そうかといって売らなければ追っ付かないから、私は買いつつも助ける気持も手伝ったくらいである。という訳で私は値切らずほとんど言い値で買ったものである。しかし欲張り道具屋の暴利だけは加減したのはもちろんである。そのようにしてボツボツ集まるには集ったが、いつもいう通り私は若い頃から美術が好きではあったが、鑑識の点は無論素人の域を脱していなかったと共に、買った経験もないので相場も分らず、ただ見て気に入った物だけを買ったのである。ところがその方針が当ったとみえて、全部と言いたい程買損ないがなかった。
これは美術館を観た専門的知識のある人は御世辞でなく褒めている。今までどんな美術館を見ても、いかがわしい物は相当あるものだが、この美術館は屑がない、逸品揃いだと言うのである。先頃来られたニューヨーク・メトロポリタン博物館、東洋美術部長プリースト氏なども、この点特に褒め讃えていた。そうこうしている内大分品物も集まり、私も段々目が利くようになったので、いずれは美術館を造らねばならないと思いはじめたのが、忘れもしない三年前くらいであった。それから不思議にもその目的に合ったものが予想外に集まって来たので、いよいよ神様が美術館建設に力を注ぎはじめた事がハッキリ分ったのである。それについての奇蹟は余りに多いので、一々はかけないから、その中の著しいものだけかいてみよう。
最初の頃であった。ある蒔絵専門の道具屋が、不思議と思う程上等な蒔絵物を次から次へと持って来るので、私も驚いたと共に道具屋も実に不思議だといったものである。しかも時も時とて非常によいものが驚く程の安価で手に入ったもので、まず今日の相場から言えば、少なくとも数倍以上は違うのである。今美術館に並んでいる蒔絵物がそれで、あれだけの品物が僅か半年くらいで集まったのである。特に稀世の名人白山松哉(しょうさい)の物なども、現在並べてあるのが二点であるが、まだ数点は蔵(しま)ってあるから、いずれは並べるつもりである。何しろこの人の作品は今日ほとんど売物には出ないくらいで、いかに品物の少ない事と、所持者が珍重して手放さない事が分るのである。
また私が以前から好きなのは、琳派物と仁清(にんせい)の陶器であったが、これなども時の経つに従い段々高くなるばかりで、近来売物はほとんど影を没してしまい、希望者は歎声を漏らしているそうだ。ところが終戦直後のドサクサ紛れで、値もすこぶる安く、相当数手に入ったので、全く神様の力である事がよく分るのである。そんな訳で私が是非欲しいと思う物、美術館になくてはならないという物は必ず手に入る。その都度道具屋は不思議だ、奇蹟だという。それについてこういう事があった。私は広重の有名な東海道五十三次の初版のものが欲しかったところ、ある版画専門の道具屋が来て、広重物など見せたので、私は初版の五十三次ならいつでも買うと言ってやったところ、その翌日持って来たので驚いた。すると彼いわく“こんな不思議な事はありません。昨日帰宅するやある人が昨日のお話通りのものを持って来たので吃驚しました。私は四十年前から心掛けておったのですが、昨日帰宅するやそれを売りに来たのですから、どう考えても分らない”というので、私も余りの奇蹟に感激したのはもちろんであった。よく見るとこれは有名な某大大名の秘蔵していたもので、先祖が作ったとかで、その立派な画帖にも二度吃驚したのである。かつ値段も非常に安く喜んだのである。
次に支那陶器であるが、私は以前から全然趣味もなく、鑑識もなかったところ、美術館としてはどうしても必要と思ったところ、それから間もなく方々から集まって来た。今並べてあるものがそれだが、何しろ約一年くらいで蒐めたので、これを知った誰もは本当に思わない。しかも初めは全然目が利かず、道具屋の説明や自分の六感で選んだのだが、今日専門家はよくこんな好い物が、これ程沢山集まったものだと感心している。という訳でいつもながら御守護の偉大さは何ともいえないのである。まだ色々あるが後は想像して貰いたい。
そこでこの奇蹟は何がためかという事をここにかいてみるが、これこそ霊界においてその作者はもちろん愛玩していた人、その品物に関係のあった人等の霊が、大いに手柄を立てたいと思い、適当の順序を経て私の手に入るように仕向けるのである。なぜなれば大功績によって救われ、階級も上るからである。言うまでもなく僅かの期間でこれ程の美術館が出来たというのも全く右の理由によるのである。考えてもみるがいい、今日まで財閥富豪が一世一代掛って漸く出来るくらいの美術館が、瞬(またた)く間に出来たとしたら、到底人間業でない事が誰が目にも映るであろう。
(注)
白山松哉(しらやましょうさい、1853〜1923) 東京美術学校教授 帝室技芸員 精微な研ぎ出し蒔絵には定評があった。
野々村仁清(ののむらにんせい、生没年未詳)本名清右衛門、仁和寺の門前で開窯したところから仁清と呼ばれる。京焼きの祖。
2
調和の理論
昔からよく調和という事を言われるが、これを単に聞くだけではいい意味にとれ、道理のように思われるが、実はこれを丸呑みに出来ない点がある。というのはなるほど全然間違ってはいないが、この考え方は浅いのである。そこでこれを深く掘下げてみるとこういう事になる。そもそもこの大宇宙の一切はことごとく調和していて、寸毫(すんごう)も不調和はないのである。従って人間の眼に不調和に見えるのは表面だけの事である。何となれば不調和とは人間が作ったものであって、その原因は反自然の結果である。すなわち大自然からいえば、反自然によって不調和が出来るのが真の調和であり、これが厳正公平な真理である。この意味において人間が天地の律法にしたがいさえすれば万事調和がとれ順調に進むのである。
右のごとく不調和を作るから不調和が生まれ、調和を作るから調和が生まれるのが自然の大調和であるとしたら、人間はこれを深く知る事で、これによって幸福者となるのである。何よりの証拠は今は不調和であっても時が経てば調和となったり、調和だと安心していても、いつの間にか破れて不調和になる事がよくあるのも、世の中の真相である以上、よくよく味わうべきである。換言すれば不調和とは小乗的見方であり、調和とは大乗的見方であると心得べきである。
昔からよく調和という事を言われるが、これを単に聞くだけではいい意味にとれ、道理のように思われるが、実はこれを丸呑みに出来ない点がある。というのはなるほど全然間違ってはいないが、この考え方は浅いのである。そこでこれを深く掘下げてみるとこういう事になる。そもそもこの大宇宙の一切はことごとく調和していて、寸毫(すんごう)も不調和はないのである。従って人間の眼に不調和に見えるのは表面だけの事である。何となれば不調和とは人間が作ったものであって、その原因は反自然の結果である。すなわち大自然からいえば、反自然によって不調和が出来るのが真の調和であり、これが厳正公平な真理である。この意味において人間が天地の律法にしたがいさえすれば万事調和がとれ順調に進むのである。
右のごとく不調和を作るから不調和が生まれ、調和を作るから調和が生まれるのが自然の大調和であるとしたら、人間はこれを深く知る事で、これによって幸福者となるのである。何よりの証拠は今は不調和であっても時が経てば調和となったり、調和だと安心していても、いつの間にか破れて不調和になる事がよくあるのも、世の中の真相である以上、よくよく味わうべきである。換言すれば不調和とは小乗的見方であり、調和とは大乗的見方であると心得べきである。
1
神を見せる宗教
これは今始まった事ではないが、有神論者が第三者にむかって神の実在を説く場合、何程種々の例を挙げて説明しても、容易に納得出来ないのは、誰も経験するところであろうが、これは独り本教に限らず、他のいかなる宗教でもそうであるのはほとんど例外はあるまい。ところで自画自讃ではないが、我メシヤ教に限って本当に神を見せる事が出来るのであるから、まず世界に類例はないであろう。これは本教御蔭話を見てもよく分かるし、また信者達の経験によっても明らかである。そうして最初浄霊を受けに来る患者の、十人が十人と言いたい程大いに疑いを抱いているが、これも無理はない。何しろ医療を始め世の中にありとあらゆる療法を受けても治らず、散々懲りた揚句とて、本当に治る療法などこの世の中にもはやないと決めてしまっているからである。という訳で悶々として悲観のドン底に陥っているが、といって現実の苦しみには堪えられないので、何かに縋りたい、死ぬのは嫌だと思う気持が一杯である。その際本教の話を聞き熱心に勧められるので、今一度瞞されてみようくらいのはなはだ頼りない藁をもつかむ心境で浄霊を受けに来るのである。
そこで来てみるとただ手をかざすだけで、何の変哲もないので、これ程の大病がこんな事で治る道理はない、アヽ馬鹿馬鹿しい、来なければよかったと、後悔する人も少なくないのである。よくそういう人が治ってからアノ時アヽ思ったのはまことに申訳なかったと、お詫びをする事もよくあるが、何しろ今日まで見た事も聞いた事もないやり方で、素晴しい効果を挙げるので、ただ驚くばかりである。しかも多くの宗教が病気を治す場合、必ずと言いたい程最初から疑っては駄目だ、信じなくては御利益はないというのがお定りで、これが一般常識となっている以上、たまたま本教の話を聞くと、最初から大いに疑え、本当に御利益を見ない内は決して信じてはならないというのを聞くと余りの異いさに面喰ってしまうが、中にはそれは面白い、これこそ本当の宗教だ、余程の自信がなくてはそんな大胆な事を言えるはずがないとして、反って信用する人もあるのである。
ところで浄霊を受けるや二度びっくり、今までどんな治療でもこれ程の効果はなかったのに、今度はとても具合がいい、アヽこれで助かった。この世に神様は確かにある。今までないと思っていたのは飛んでもない間違いだった、有難い、自分は本当に救われたといって、それこそ手の舞足の踏みどころを知らずというありさまで、歓喜に浸るのである。これによってみても御利益のない内から信じろというのは、己れの心を偽れというのと同じで、いかに間違っているかが分かるであろう。これは自力本意であって、本当の神様の力というのは他力本意であるから、楽々と御利益をいただけるのである。なお注意すべきはたとえ御利益があっても、大きい小さいがあるからその見分けが肝腎である。しかし世間小さな御利益でも、じきに有項天になる人があるが、これは大いに注意すべきである。というのは医師に見離された大病が治って、神様から生命を頂いた事がハッキリ分かってこそ、全身全霊を打込んでも間違いない信仰である。また神にも上中下の階級があって、小さい神だと小さい御利益で、大きい神程大きい御利益を頂けるので、これが相応の理であるから、この点も充分心得ておくべきである。
以上によって、神を見せる宗教としての我メシヤ教は分かったであろう。
これは今始まった事ではないが、有神論者が第三者にむかって神の実在を説く場合、何程種々の例を挙げて説明しても、容易に納得出来ないのは、誰も経験するところであろうが、これは独り本教に限らず、他のいかなる宗教でもそうであるのはほとんど例外はあるまい。ところで自画自讃ではないが、我メシヤ教に限って本当に神を見せる事が出来るのであるから、まず世界に類例はないであろう。これは本教御蔭話を見てもよく分かるし、また信者達の経験によっても明らかである。そうして最初浄霊を受けに来る患者の、十人が十人と言いたい程大いに疑いを抱いているが、これも無理はない。何しろ医療を始め世の中にありとあらゆる療法を受けても治らず、散々懲りた揚句とて、本当に治る療法などこの世の中にもはやないと決めてしまっているからである。という訳で悶々として悲観のドン底に陥っているが、といって現実の苦しみには堪えられないので、何かに縋りたい、死ぬのは嫌だと思う気持が一杯である。その際本教の話を聞き熱心に勧められるので、今一度瞞されてみようくらいのはなはだ頼りない藁をもつかむ心境で浄霊を受けに来るのである。
そこで来てみるとただ手をかざすだけで、何の変哲もないので、これ程の大病がこんな事で治る道理はない、アヽ馬鹿馬鹿しい、来なければよかったと、後悔する人も少なくないのである。よくそういう人が治ってからアノ時アヽ思ったのはまことに申訳なかったと、お詫びをする事もよくあるが、何しろ今日まで見た事も聞いた事もないやり方で、素晴しい効果を挙げるので、ただ驚くばかりである。しかも多くの宗教が病気を治す場合、必ずと言いたい程最初から疑っては駄目だ、信じなくては御利益はないというのがお定りで、これが一般常識となっている以上、たまたま本教の話を聞くと、最初から大いに疑え、本当に御利益を見ない内は決して信じてはならないというのを聞くと余りの異いさに面喰ってしまうが、中にはそれは面白い、これこそ本当の宗教だ、余程の自信がなくてはそんな大胆な事を言えるはずがないとして、反って信用する人もあるのである。
ところで浄霊を受けるや二度びっくり、今までどんな治療でもこれ程の効果はなかったのに、今度はとても具合がいい、アヽこれで助かった。この世に神様は確かにある。今までないと思っていたのは飛んでもない間違いだった、有難い、自分は本当に救われたといって、それこそ手の舞足の踏みどころを知らずというありさまで、歓喜に浸るのである。これによってみても御利益のない内から信じろというのは、己れの心を偽れというのと同じで、いかに間違っているかが分かるであろう。これは自力本意であって、本当の神様の力というのは他力本意であるから、楽々と御利益をいただけるのである。なお注意すべきはたとえ御利益があっても、大きい小さいがあるからその見分けが肝腎である。しかし世間小さな御利益でも、じきに有項天になる人があるが、これは大いに注意すべきである。というのは医師に見離された大病が治って、神様から生命を頂いた事がハッキリ分かってこそ、全身全霊を打込んでも間違いない信仰である。また神にも上中下の階級があって、小さい神だと小さい御利益で、大きい神程大きい御利益を頂けるので、これが相応の理であるから、この点も充分心得ておくべきである。
以上によって、神を見せる宗教としての我メシヤ教は分かったであろう。
3
第三次戦争は果して有る?
標題についての質問はよく受けると共に、今日世界人類の誰もが、これ程痛切に知りたいと思う問題はないであろう。事実見ようによっては有りそうでもあり、無さそうでもあり、これ程の大問題でありながら、迷わざるを得ない有様である。というのは、全く唯物的に考えるからで、これも現代人としては無理はないが、私は宗教家として霊的の面から判断を下してみようと思うのである。
私は常に旧文明世界は、近き将来終りを告げ、変って新文明世界が生まれるという事を唱えているが、もちろんこれは神定(かんさだめ)のプログラムであるから、信ずるより外はない。という意味で第三次戦争もプログラムの中での最も大きな節であると思えばいいのである。しかしこれは私が今日改めていうのではない。すでに二千年前キリストは世の終りが来るといい、天国は近づけりともいっている。しかもキリストの再臨まで予言されたばかりか、またユダヤ教の聖典にも、将来メシヤが降臨し、世界を救われるという予言もあるので、もしこれらを信ずるとしたら、当然来るべきものが来る訳である。今私はそれを具体的にかいてみるが、前記のごとき新世界というのは、悪に充ちた醜汚(しゅうお)の世界が崩壊し、反対に善に充ちた清麗な世界が生まれるのである。そのためどうしても何千年来溜りに溜ったところの人間の犯した罪穢の汚れを浄めなければならないのは当然である。罪穢とはもちろんあらゆる醜塊物であって、その大掃除が近づいたのである。
ではこれがどういう方法によって行われるかというと、それは旧文明時代に造られ現存しているものの中から、汚穢のため使い途(みち)にならないものことごとくが破壊され、焼尽されると共に、誤れる学問も思想も、宗教も役済みとなったもの、将来性のないものはことごとく潰滅(かいめつ)の止むなきに至るのであって、この最も重要な役目として生まれたのが彼の原子爆弾である。これこそ右のごとき迅速な破壊行動に役立つものは外にあるまい。その素晴しい威力を見ても分る。以上によって第三次戦争は必ずあると共に、世界的大破壊は最早免れ得ない当然な運命であろう。何よりも現在米国もソ連もあらん限りの力を尽して、原爆の多量生産に夢中になっているではないか。これこそ右の予想を物語っている何よりの証拠である。ただここで誰も知りたいのはその時であろうが、それも私には分っているが、まだ発表する時期になっていないから、今少し待たれたいが、しかしこれだけは言える。それは今私が記いている文明の創造の著書が完成し、世界中に配られ、暫くしてから最後の審判が始まる事である。
ここで今一つの肝腎な事がある。それは単に大破壊といっても物質のみではなく、汚穢に充ちた人間も清算される。これが最も恐ろしいのである。従って神は滅ぶべき運命にある人々を、一人でも多く救わんがための警告が文明の創造書であるから、これこそ二十世紀のバイブルでなくて何であろう。もちろんこのバイブルこそ、天の父であるエホバの聖書であるから真理そのものである。以上が信じ得らるるとしたら、第三次戦争に対しての心構えも、自ら見当がつくはずである。
標題についての質問はよく受けると共に、今日世界人類の誰もが、これ程痛切に知りたいと思う問題はないであろう。事実見ようによっては有りそうでもあり、無さそうでもあり、これ程の大問題でありながら、迷わざるを得ない有様である。というのは、全く唯物的に考えるからで、これも現代人としては無理はないが、私は宗教家として霊的の面から判断を下してみようと思うのである。
私は常に旧文明世界は、近き将来終りを告げ、変って新文明世界が生まれるという事を唱えているが、もちろんこれは神定(かんさだめ)のプログラムであるから、信ずるより外はない。という意味で第三次戦争もプログラムの中での最も大きな節であると思えばいいのである。しかしこれは私が今日改めていうのではない。すでに二千年前キリストは世の終りが来るといい、天国は近づけりともいっている。しかもキリストの再臨まで予言されたばかりか、またユダヤ教の聖典にも、将来メシヤが降臨し、世界を救われるという予言もあるので、もしこれらを信ずるとしたら、当然来るべきものが来る訳である。今私はそれを具体的にかいてみるが、前記のごとき新世界というのは、悪に充ちた醜汚(しゅうお)の世界が崩壊し、反対に善に充ちた清麗な世界が生まれるのである。そのためどうしても何千年来溜りに溜ったところの人間の犯した罪穢の汚れを浄めなければならないのは当然である。罪穢とはもちろんあらゆる醜塊物であって、その大掃除が近づいたのである。
ではこれがどういう方法によって行われるかというと、それは旧文明時代に造られ現存しているものの中から、汚穢のため使い途(みち)にならないものことごとくが破壊され、焼尽されると共に、誤れる学問も思想も、宗教も役済みとなったもの、将来性のないものはことごとく潰滅(かいめつ)の止むなきに至るのであって、この最も重要な役目として生まれたのが彼の原子爆弾である。これこそ右のごとき迅速な破壊行動に役立つものは外にあるまい。その素晴しい威力を見ても分る。以上によって第三次戦争は必ずあると共に、世界的大破壊は最早免れ得ない当然な運命であろう。何よりも現在米国もソ連もあらん限りの力を尽して、原爆の多量生産に夢中になっているではないか。これこそ右の予想を物語っている何よりの証拠である。ただここで誰も知りたいのはその時であろうが、それも私には分っているが、まだ発表する時期になっていないから、今少し待たれたいが、しかしこれだけは言える。それは今私が記いている文明の創造の著書が完成し、世界中に配られ、暫くしてから最後の審判が始まる事である。
ここで今一つの肝腎な事がある。それは単に大破壊といっても物質のみではなく、汚穢に充ちた人間も清算される。これが最も恐ろしいのである。従って神は滅ぶべき運命にある人々を、一人でも多く救わんがための警告が文明の創造書であるから、これこそ二十世紀のバイブルでなくて何であろう。もちろんこのバイブルこそ、天の父であるエホバの聖書であるから真理そのものである。以上が信じ得らるるとしたら、第三次戦争に対しての心構えも、自ら見当がつくはずである。


